ボランティア活動等

 チーム大河内

子ども夢ハウスおおつち」チーム大河内

日  時 2014年1月30日

活動場所 岩手県釜石市大槌町

活動参加者 大河内

明日からの教区教化委員会都市教化部門で開催される「同朋社会支援事業 現地研修会」に前乗りする形で、岩手県釜石市と大槌町の「子ども夢ハウスおおつち」を訪れた。

まず釜石市鵜住居地区を訪れた。理由は、私が2011年4月に被災地入りし、一番始めにお参りをしたご遺体の安置所跡を訪れ、お参りするためであった。

そこは元々「紀州造林」という会社の廃工場をご遺体の安置所としていた場所であった。大きな材木を加工するため、広い空間があり、またにおいや汚れを気にすることもないということから選ばれたのだろうか。

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今、そこは釜石東中学と小学校の仮設校舎とグラウンドとなっている。当時訪れたさびさびとした姿は失われている。ここもまた新しい何かが生まれ始めているのだなと知らされた。

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道を挟んだ向かいに、「鵜住居商店街」という仮設商店街があり、お参りのためのお花を買い求めようと、ドアを叩いた。迎えてくれたのは川崎さんという親子だった。息子さんは私と同い年くらいであろうか。そこで思いがけずいろいろな話を聞き、食事までごちそうになってしまった。

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「仮設って、やっぱり仮設なんだよなぁ」「自殺や孤立死が多くてさ、どの仮設にもあるんじゃないかな。こないだウチの仮設の同い年くらいの男性も自殺したんだよ。仕事にもつけたし、家族も元気なのに、どうしてかなぁ。子どもさん、俺の子と同級生なんだけど、不憫だなぁ」「ここの小学校、津波てんでんこっていって、有名になったろ?釜石の奇跡っていってさ。でもさ、鵜住居防災センターは、それはそれは悲劇だったんだよ。あれ、取り壊してしまってよかったのかな?」(鵜住居防災センターは緊急避難施設ではなく、本来の避難施設は山の高台にあった。震災の1週間ほど前に、防災訓練があった。しかし、なかなか参加者が集まらない、お年寄りに山登りはきつい、寒い、などの行政判断によって、仮の場所として、低地にある防災センターを利用して防災訓練が行なわれた。しかしそれによって住民はそこが避難施設だと勘違いし、多くのいのちが失われることとなった。市はいろいろな理由からセンターを取り壊すことを決めたが、住民から「ここがなくなると、亡き人に会えなくなる」「過ちを後世に伝えたい」との嘆願が出され、取り壊しが一時保留となったが、結果的に取り壊されることとなり、現在は更地になっている)

 

まだお話を聞きたい気持ちを振り切り、となりの大槌町の「子ども夢ハウスおおつち」へ向かった。

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ここは遊び場を失ってしまった子どもたち、仮設住宅で、のびのび遊べない子どもたちのために、子どもが子どもらしくいられる場を作りたいという、納棺師の笹原さん、社会福祉事業をされている藤原さんの願いによって作られた。迎えてくれたのは、作業療法士の吉山さん。とてもさわやかでやさしく、真面目な青年だった。彼からこの施設ができた由来などを聞き、ここでの現状をお聞きした。

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「ほんとに子どもたちの場所がないんです。校庭には仮設住宅が立ち並び、外は建物の土台や石がころがり、危険なんです。家に帰っても、大きな声を出すと叱られる。ご両親も隣近所のことを考えて、ストレスがいっぱいなんです。子どもたちもそれを敏感に感じていますし、とてもストレスのたまる生活をしています。

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僕が来た当時は、震災由来かどうか定かではありませんが、そういうストレスからくる障害のようなものを持っている子が沢山居ました。でもここではどんなに大きな声を出してもいいし、好きなことをしていいんです。でもゲームは禁止です。五感を使っていろんな遊びを一緒にしています。それからルールをきちんと自分でたてることをしています。自分で決めたことや時間を守って、宿題もちゃんとする。

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外には「すりきず公園(ボランティアで作った手づくりの公園。命名は藤原さん。親が少し過保護になっていることもあり、子どもはすりきずを負ってでも、遊びたいんだ!という気持ちが込められている)」があります。ここでは安全に、いろんな遊具で遊べます。狭いですがサッカーもバスケもできます。

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そうやって、子どもたちは自分らしさを取り戻していってほしいと願っています。子どもたちは、多くの壮絶な体験をし、悲惨な現場も見ています。また家族との死別も体験しています。あるお母さんから、最近夜泣きが減ったという声を聞き、ここをたててよかったなぁと感じました。少しずつ少しずつ、子どもたちが前を向いて、夢や希望を持てるようになり、いつか、この夢ハウスを思い出してもらえたら、僕にとってこれほど嬉しいことはありません。」

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藤原さんに指名され、単身熊本から見ず知らずの被災地へ飛び込んできて、みんなとともに生活をし子どもたちを見守っている吉山さんがとても熱く語ってくださった。改めて、これからなんだな、これからの歩みが大事なんだな、こういう人たちとともに、私も頑張っていきたいなと強く感じた慰問と取材の旅であった。

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大河内真慈

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